幼少期より憑依体質で体調を崩しやすく、祖母や母が先祖供養のために足を運んでいた霊能者の元で、神仏を敬い先祖を供養する心や神道の礼儀作法を学びながら育ちました。

思春期の頃に平安時代の前世の記憶が蘇り、その想いが和歌で降りるようになると、霊媒として亡くなった方の想いを憑依によりそのままの言葉で伝える(口寄せ)ようにもなりました。

社会人になってからも度重なる原因不明の体調不良(巫病)に悩み続け、一時期は左足の自由まで奪われながら事務職として長年勤務していました。40歳を過ぎて初めて宮崎県の高千穂を訪れた帰りに、「神の想いを和歌にて伝えよ」との声が聞こえて以来、神託が和歌で降りるようになり、全国の縁ある神社を参拝しながら、魂の使命や必要なメッセージの言霊が込められた神託和歌をお伝えしています。

現在は、神託和歌を降ろすセッションを提供するとともに、「神の依り代」とされる精麻のお守りを制作しています。

提供メニュー: (幸魂セッション) (精麻飾り「麻結~asayui~」)